第十五話『コーヒー&シガレッツ』

 

『コーヒー&シガレッツ』と聞いて、ピンとくる人はかなりの映画通。
ジム・ジャームッシュ監督が、18年にわたって撮り溜めてきた短編映画集。コーヒーとタバコを挿んで繰り広げられる11のエピソードは、多彩な人間模様を映し出す。会話中心で構成されており、舞台をそのまま映画にしたような大好きな映画のひとつ。あえて白黒フィルムというのもまたニクい。

ひと通り説明したところだが、今回の『じろうの道草』での映画の話はこれっきり。今回は、ちょっとタバコの話をしてみよう。

 




「タバコ。」

もはや世界中と言っていいほどタバコは嫌われる存在の代表格。
百害あって一利なし。医者や専門家が言うのだからそうなのだろう。

ほんの数十年前まで駅のホームや電車の中、飛行機内での喫煙はあたりまえ。くわえタバコで授業をする教師もいたということを、若い層からしたらなかなか想像できないことだろう。服や髪の毛にタバコの匂いがこびりつき、吸ってもないのに副流煙で具合が悪くなる。吸わない人からしたら、ただただ迷惑のなにものでもない。

それなのに、なぜどこでも吸えていたのか。
政治家が喫煙者?モラルがなかった?悪影響と判明されてなかった?、、、いろいろあるのだろうが、ポイントはただひとつ。50年前の喫煙率は、男性の8割以上っていうのだから規制するはずもない。

当時のタバコの存在というと今とは真逆。映画やドラマで俳優の格好良く吸うシーンに憧れを抱き、タバコそのものがおしゃれの代名詞だったのだ。むしろ吸わないことが格好悪いことになっていた。なんともすごい時代だ!




「新・都会のオアシス。」

これだけ語ってなんだが、ボクは喫煙者。
先日、耳鼻科の処方箋を持って薬局に行った。待ち時間は30分以上。受付を済ませタバコでも吸って時間を潰そうと外に出るが、喫煙所なんてそう都合よくあるものではない。仕方なくふらふら近所を歩いていたら、裏路地にタバコ屋さんを発見!

むむ、なんだか様子がおかしい。かつてのタバコ屋さんのイメージとは完全に異なる面持ち。木目調のモダンで洒落た店構え。カウンターなどもあり一見するとカフェのような作りだが、奥に見えるのはカラフルなタバコの陳列棚と優しそうなおばあちゃん。間違いない。ここはタバコ屋さんだ。

外に灰皿があり数人集まっていたが、ボクは迷うことなく店内へ。この興味深い店の雰囲気を味わいたくて、おばあちゃんから2箱購入。バックの中には他に2箱。タバコは何箱あっても余ることはない。店内のカウンターでテレビを見ながらくつろいでいると、近くの病院の看護婦さんなのか、おばあちゃんと仲良さげに話をしている常連さんが登場。いつも頼んでいるのか、なにも言わずコーヒーが手渡される。ここではタバコを吸いながら、日替わりコーヒー・紅茶・煎茶が一杯¥200で飲めるのだ。バームクーヘンとかもあったりして喫煙者の心を鷲掴み。

吸いかけたタバコをそのままに、常連さんに倣ってボクもホットコーヒーを頼む。おにぎりに味噌汁、枝豆にビール、マダムに仔犬ぐらいタバコにコーヒーは相性抜群。これぞ『コーヒー&シガレッツ』。

こんな有意義なタバコタイムはなかなか訪れるものではない。居心地がいいあまり時間潰しのつもりが、薬局に戻ったのは1時間後。整理券番号は10番以上積み重ねられていた。




タバコミュニケーション。」

タバコを吸う者同士から生み出されるグルーブ感というものがある。
喫煙者が少なくなってきているからなのか、さらにその傾向が高まってきた気がする。喫煙所で一緒に過ごす数分は、お互いが素に戻るなんともいえない親密な時間。タバコのためにその場を離れた少しの罪悪感と席へ戻るときのリスタート気分まで、同じタイミングで共有できる。はじめましての他人同士が共同作業を自然に行う。男女だったら、それこそ仲良くなる快速切符を手に入れたようなものだ。

強いていうなら、タバコのメリットはこれくらいのものだろう。 決して、喫煙を薦めるためのものではないことと深くご理解いただきたい。




「まとめ。」

テレビではあたりまえ、最近では映画ですらタバコを吸うシーンを自粛せざる得ないほど嫌われ者のタバコだが、かつては嗜好品であり名シーンでは必要不可欠な存在であった。

時代が変わればすべてが変わる。タバコなんてそれこそ時代錯誤。喫煙者のボクですらタバコの匂い自体は好きではない。いつかは禁止薬物扱いされる日もそう遠くはないだろう。

だけど、タバコにはヒトを描くストーリーがある。『コーヒー&シガレッツ』を筆頭に映画の中だけかもしれないが、未来の人たちにもこんな嗜みがあったということだけは知っていてほしいと思う。


注意勧告:
タバコの煙は、あなただけでなく、周りの人が肺がん、心筋梗塞など虚血性心疾患、脳卒中になる危険性も高めます。

すいません。

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第十四話『プチマイブーム』

 

はてなブログにひさびさ登場の「じろうの道草」。

勢いよく書き始めたものの、お題はなんともただの日常の出来事。今回は、ほっこりも感動もなにもないと先に伝えておこう。書いている本人が、今の時点でどうしようか迷走しているのだから、とりあえずは見切り発車でいけるとこまでいってみよう。

さあ、ぶっつけ本番ワンマンコラムをどうぞ。

 




「我が事務所。」

とにかくボクは、家にいる時間より事務所にいるほうが圧倒的に長い。
昼間はヒトに会い打ち合わせやなんやらで、夜は「じろうの道草」第一話のとおり、クラシックをBGMに書きモノや考えゴトで、あっという間に夜明けを迎える。こんな生活をしばらくしているが、所詮、事務所は事務所。風呂もなければ、キッチン周りも小さすぎてなんの機能も果たしてない。ソファで寝るときの枕や携帯スタンドなどは、一応揃えてある程度で不便な空間であることに変わりはない。




「イエスマート。」

ある日、うちの総務の女性スタッフが黄色い袋いっぱいに、差し入れだと唐突に何かを持ってきた。中身を見たら、10種類以上の見たことのない袋麺の数々。ボクが袋麺を好きなことを知っていたのか偶然なのか、どうあれ心弾むサプライズ。

話を聞くと、家の近所に韓国食材を扱う「イエスマート」というスーパーができたらしく、頻繁に足を運んでいるらしい。日本のスーパーに比べると、店員さんはぶっきらぼう。だけどそれを凌駕するほどの品揃えと種類の多さに、思わず色々買ってしまう今イチオシのスーパーらしい。もしかしたら海外に行くたびにろくに美味しくない現地のカップ麺や袋麺を、怖いもの見たさで手を出してしまうボクの話を覚えていたからなのだろうか。であれば納得の差し入れ。韓国産であれば、美味しいに決まってる!

あれ、食器も鍋も何もない。事務所じゃ食べれない現実と直面する。。。




「贅沢の極み。」

こうなったら、なんとかして食べてやる!
早速、Amazonで検索。湯切りできるタイプの袋麺用の四角い小鍋と、アウトドア用のコンパクトなコンロ をポチっ!
どうせ食べるならどこまで贅沢に美味しく食べれるか、挑戦しているボクがいる。夜中のスーパーにいって生食用の牡蠣と、ネギに卵にソーセージ、豆腐にタニタのガスボンベも揃えて、袋麺と向き合う準備は完了だ。

事務所でひっそり屋内アウトドア? グランピングなんて洒落たもんじゃない。側から見たら、単身赴任のおじさんが一人寂しく夜ご飯を作っているとも見えるだろう。当の本人ときたら、火がついただけでテンション 爆上がり。韓国麺は煮込んでも伸びないから片っ端に食材を入れて、煮込むこと5分。

うっ旨い!旨すぎる!
海鮮辛味噌に食材の出汁が混ざり合い、過去イチと言ってもいいぐらいの仕上がり。事務所でこんなものが食べれるのもそうだけど、この作る過程も楽しくて、弱火で火にかけながらいつまでも熱々の学生気分を味わう贅沢な大人。

最近では、事務所にくる人くる人見境なく袋麺を振る舞うブームがやってきた。「お腹すいた?食べていく?」おばちゃんの気持ちが少しわかり始めた。




「まとめ。」

なんとかまとめまで辿り着いた。

昼間なのに、ビールを飲む
大雨なのに、濡れない車の中
冬なのに、あたたかい日

この”なのに”というのが、ギャップを生み出し魅力の底上げをしてくれる。
「春なのに〜、お別〜れですか〜♬」という逆バージョンもあるけど、できればマイナスからプラスの変換が望ましい。

事務所なのに、こんな美味しい手作りメシを食べれるなんて、いいきっかけをもらったものだ。

 

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第十三話『なべ焼きうどん』


ここ数年「町中華」なんて言葉が定着し、メニューの多さとノスタルジックな店内の居心地の良さが見直されている。ボクとしてはうれしい限り。ひとりでどれだけ行ったことか。

同じく双璧をなすジャンルといえば「町のおそば屋さん」。藪、更科、砂場のような老舗そば屋もいいのだか、ボクが好きなのは昔から家族でやられているような大衆的なおそば屋さん。

今日出前を頼んだこともあって、そば屋にまつわる話をしよう。


「もはや貴重。」

「町のおそば屋さん」には昔から縁がある。親戚がそば屋をやっていて、好きなものをなんでも食べさせてくれることもあり、いつも行くのが楽しみだった。そうそう大晦日に年越しそばの出前の手伝いをしたこともあったっけ。

「町のおそば屋さん」の特徴として、そばがあり、うどんがあり、丼もの、つまみ、中華そば。あんかけじゃないそば屋のカレーライスも大好きで、とにかくメニューが豊富。木製のイスとテーブル、畳の小上がりなどもあったりして、和の店内がやけに落ち着く。

ここでひとつ疑問を抱く。よく考えたら「町のお蕎麦やさん」が新しくオープンするって、ボクはいままで目にしたことがない。リニューアルならまだしも、わざわざ手間のかかる「昔ながらのおそば屋さん」をこれからやりたいという人はきっと少ないのだろう。立ち食いそば屋やこだわりの”蕎麦”一本の専門店などは、ちょいちょいできているのはわかる。だけど「町のおそば屋さん」は、無くなることはあっても増えていくことはなかなかないのだ。


「ボクのテリトリー。」

父が難病にかかった。
糖尿病も患っていることから、最近は食事制限を余儀なくされている。たまに男同士でランチをすることもあり、その時ばかりは食べたいものを一緒に食べている。そんなことをするものだから、母にいつも怒られている男たち。

最近、ボクがよく行くお店に連れていくというのが好評で、以前紹介したグレースのオムライスももちろん食べてもらった。

ある日「なべ焼きうどん」が食べたいということで、よく出前をとる事務所近くのそば屋に連れていった。甘くてしょっぱくて味の濃いのが、江戸っ子好み。まさにうってつけな「町のおそば屋さん」。店内に入るとメニューもろくに見ず、「なべ焼きうどん」とボクのオススメ「天丼」をたのむ。どちらもエビの天ぷらかぶり、さらにはそば屋でおそばを注文しないのもどうかと思うが、いつもおかめそばを出前してもらっているので今日ばかりはこれでよし。小皿をもらい、分かちあい。


「はじめまして。」

朝日屋、増田屋、長寿庵
暖簾分けなのか、そば屋さんによくある店名だなとずっと思っていた。そして、今回登場する店名も代表候補。

恵比寿駅にほど近い、明治通り沿いにある<松月庵>。大都会にポツリとある、家族でやられているまさしく「町のおそば屋さん」。出前の電話口から聞こえてくるのは、いつも女将さんらしき人の声。住所、ビル名、階数と、書き留めるスピードに合わせて順序よく伝える。よく注文するから、勇気を出してビル名と階数だけにしてみたら「いつもありがとうございます~」と常連認定を受けたのが数年前。

配達をしてくれる息子さんはもちろん顔馴染み。女将さんは、声だけでわかってくれるようにはなったがまだ会ったことがない。そう、この父とのランチで初めてお会いすることができたのだ。

席について注文を取りにきてくれたタイミングで諸々伝えると、「あら~、想像していた通りの人だわね~」というどちらとも取れない答えが返ってきた。父もいたことだし笑ってくれていたので、嫌な方面ではないと信じよう。

そんなはじめましてをしてからというものちょっと小恥ずかしい感情が芽生えたが、コトあるごとにいまだ出前を頼んでいる。


「まとめ。」

たわいもない日常の出来事。
そば屋というお題だけで、いろんなストーリーがあるものだ。

「もはや貴重。」 これは町中華にも言えること。この貴重なお店たちをなんとか残してほしいと切に願う。

「ボクのテリトリー。」  当初父とは毎週水曜日に会う約束が、忙しさにカマかけて月イチぐらいになってしまっていることに、ボク自身不甲斐なくいたたまれない気持ちを抱いている。。。ということを、コラムを通じて伝えてみる。

「はじめまして。」 人との距離感が遠くなったのか近くなったのか、もはやわからぬ時代になってきた。こういった人と触れ合える場所にみんなが惹かれるのも同感、ただただうれしい気持ちになる。

締まりの悪いまとめだが、今週はこれまで。
あしからず。

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第十二話『お宝探し!』

 

なんて良い響き。
現実的ではないものの、似たようなことがあったら人を虜にしてしまう魔法の言葉。金の採掘で賑わった19世紀のカリフォルニア<ゴールドラッシュ>も人々を魅了し狂わせた。そこまでではないが、ボクが没頭していた『お宝探し』の話をしよう。


90年代 アトランタ

ここは、アメリカ南部最大の都市アトランタ
マーガレット・ミッチェル作「風と共に去りぬ」舞台の地。映画「マルコムX」でお馴染みマーティン・ルーサー・キングJR、敬愛する映画監督のひとりスパイク・リーアトランタ出身。数々のミュージッシャンやアーティストを輩出した場所。

ひと通り紹介をしたうえで大学時代過ごした90年代のアトランタといえば、アメリカで一番の犯罪発生数を誇る。現に、レストランで食事を終えて出てきたら停めていた車のタイヤがなかったり、高速道路で走っていたら並走する車に拳銃を突きつけられたり。車上荒らしなんて日常茶飯事、銃声なんて週に一回は聞こえてくる。

まだまだ人種差別も根深い地方都市なのに、音楽やアート、ファッションなどのカルチャーには卓越した側面を持つ。南部料理も美味しくて、良くも悪くも古き良きアメリカを感じることができる。


師匠との出会い。

アトランタに11年住んでいる小林さん。
歳の差10は違う、学生だったボクにとってはかなりの年上で、共通の友人を通じて知り合った。小さくてずんぐりむっくり、愛嬌があり喋りはおもしろい。とてもフランクで上下関係を気にしないあまり出会ったことのないタイプ。年上には敬語を使うことを重んじてきたボクが、会ってすぐ小林さんのことを『こばお』と呼んでいた。しかもタメ口。今なお振り返っても、年上にタメ口をきいたのは『こばお』ただひとり。

彼の職業はバイヤー。ヴィンテージの古着や家具、レコード、カメラ、陶器、ポスターなど様々。プロダクトデザイナーモノになるとそれはそれは数知れず。とにかく知識の塊のような人で、魅力を感じないわけがない。学校が終わると毎日会いに行き、ヴィンテージの教えを乞う。学校とは違い、英語で書かれた資料本を読み倒す。大量のコレクションを見せてもらい触れさせてもらう。価値のある名品の数々。

こんな世界があったことを教えてくれた、ボクの人生を変えてくれた師匠との出会い。ここからボクのバイヤー期がはじまった。


お宝ゴロゴロ。

『こばお』の買い付けについていくと、お店、探しかた、モノの価値、値段交渉など余すことなく教えてくれる。

今では定番になってはいるが、当時知る人ぞ知るイームズのシェルチェアのオリジナルが、1脚15ドルで手に入った。日本での販売価格は3万円前後だから、かたっぱしに買い漁る。要らなくなったモノを引き取り安く販売するスリフトストアへいけば、リーバイスのヴィンテージデニムやナイキのエアージョーダン1のスニーカーも10ドル程度で見つかるのだから、ヒマさえあれば足を運ぶ。古着ジャンルになるとアメリカ人バイヤーもいたりして、「俺のシマを荒らすな!」とよく因縁つけられ言い争いをしたものだ。

地方に出たときは、閉店する靴屋の倉庫を見せてもらう。田舎のさらに田舎だから、売れ残り在庫はすべてヴィンテージ。70年台のナイキやコンバースアディダスが山積みで、ネズミがちょろちょろしてるけどそんなことには目もくれず。1足5ドルのまとめ買い。価値の高い順に車に積み込めるだけ積み込む。

ひとりで買い付けもできるようになってきたある日、日本から新品スニーカーの依頼があった。時代を網羅したあのナイキ<エアマックス95>。集められるだけ集めてくれと、フットロッカーをはじめアトランタ中のスニーカーショップを駆け回った。お店の店長に50ドル握らせて、USサイズ8~12を今あるのと今後入ってくるもの全部買うから連絡くれと、手分けして何十店舗も抱え込む。結果、日本に送ったのは200足はくだらない。

ネルソン、サーリネン、ベルトイア、ラッセル・ライトの陶器からローライフレックスのカメラまで。ミッドセンチュリーブームの走りの時代。いろんな出来事まだまだあるが、この辺でやめておこう。


まとめ。

とにかく没頭したバイヤー時代。
利益のうれしさもあるけど、それより写真でしか見たことがない希少なモノが目の前に現れたときの驚きたるや、まさに『お宝探し!』。毎日が感動のオンパレード。

知識があればパーッと見渡すだけでモノのほうから光を放ってくる。当初『こばお』がそう教えてくれたが、絶対カッコつけてると思っていた。。。が、間違いだった。知らぬ間に、ボクの中にもそんな能力が培われていた。『こばお』すまん!

なにかに自己陶酔する勝手な幸せ。情熱を傾けることを忘れたくないし、いつまでも持ち続けていたいと願う。

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第十一話『ボクの町が消えた!』

 

 ”目を疑う”
~見間違いではないかと疑うほど、そのモノゴトが信じられないさまを意味する~

毎日生活をしていて、驚きって起こってほしいとは願えどそうそうあるものではない。そんな”目を疑う”衝撃的な出来事が起こってしまったのだ。信じられない事実を目の当たりにして、ボクが起こした行動とは?

それではどうぞ。


「生まれも育ちも、足立区六町。」

わたくし、生まれも育ちも足立区六町(ろくちょう)。
東京のはずれで、一番近い駅でも自転車で25分はかかるぐらい不便な町。幼少のころは、田んぼや畑があちこちあって昆虫取りやザリガニ釣りをして遊んだものだ。公園ではないただの広場なんかもあったりして、野球やサッカーを日が暮れるまで夢中にやっていた。

そうそう学校の帰り道で思い出した。ある日学校でリンゴをもらい「ハンカチで磨くとピカピカになるよ」と誰かが言っていた。帰宅の道すがらずっと磨くのにハマり、リンゴはもはやプラスチックのような輝きに。家に着いたらランドセルを忘れたことに気づき、学校へ逆戻り。ウチは学区内の一番端、所要時間は往復40分。

もうひとつ。帰り道に広い廃材置き場があり、その一角に木製のかっこいい机が捨てられていた。ボクは毎日そこへ行き、一番大事なオモチャを引き出しに入れてひとり遊び。自分しか知らない秘密基地。結果は想像どおり、いつの間にか机ごとどこかに消えていた。あのゴールドライタンの超合金 はいまいづこ?

途中数年抜けた時期もあるが、生まれてから25年ぐらい過ごした町。


「キッカケは渋滞。」

仕事か何かで遠出をした帰り、高速道路の渋滞にハマった。
カーナビでは、帰宅までの予想2時間以上と出ている。朝早かったこともあって眠くてたまらない。 偶然次のインターチェンジがかつて住んでいた場所だったので、休憩がてら立ち寄ることに。引っ越しをしてから、すぐに都市開発が行われたとは聞いていた。20年以上ぶりに地元に足を踏み入れる。


不思議の国のアリス状態。」

地元を自転車でなく車で移動できるなんて、ラクすぎて笑えてくる。
かつての小学生目線とは違い、すべてが小さく見えるのが不思議。元住んでいた家へ呑気に向かうが、、、なにかがおかしい。辿り着くと、そこは立体自転車駐車場になっていた。遊んでいた公園はそのままだから間違いはないようだ。

まず驚いたのが、住んでいた場所の目の前がロータリーになっていて、地下鉄の駅ができていたこと。大きなスーパーはあるし飲食店なんかもあちこちにできていて、完全住宅街だった閑静な場所がいまや人が賑わう町に変貌を遂げていた。家があったところをガンガンぶち抜き見たことない新しい道路もできているなんて、想像もしていなかった。ココロもカラダも迷子になる。軽く動揺。。。

片っ端に覚えている場所目掛けて車を走らせる。
仲の良かった友だちはまだ住んでいるのか。好きだったあの子の家はまだあるのか。駄菓子屋、プラモ屋、ファンシーショップ。通っていたスイミングスクール、小学校すらすべてが消えてなくなっていた。目の前に映るのは、東京ドームぐらいはゆうにある広大な更地。爆弾が落ちたのかと錯覚するぐらい何もない。きっとこれから大きなマンションや商業施設などができるのだろう。東京に住んでいても、ここまでの変わり様はなかなかお目にかかれない。当時、東京の地価相場の上がり率NO.1と紹介されたニュースを覚えている。

アタマの中には、いまでもはっきり生まれ育った町がある。だけど、もはやこの場所で育った実感はなくボク自身が半信半疑。整理がつかないままプラプラしてたら、昔ながらの銭湯を見つけた。行ったことはない。郷愁に浸り切れなかったのか、代わりに熱々のお湯に浸かり、なぜかヒト風呂浴びてから家路につく1日になった。


「まとめ。」

人生振り返っても、なかなかのインパクトがあった。
変わらず残っているところと、まったく知らない建物で埋め尽くされているかつての故郷。それに加えて、自分の居場所や思い出をすり合わせることができない戸惑いが、一度に訪れた困惑する自分。

風呂まで入ってしまう意味不明な行動も、いま思えばそれすらも思い出作りの足しになった。

こうやって文章に残しておけるということだけでも良しとしておこう。

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